日本の暦には、文学的要素とゆるぎなさがある

茶道の世界には、「問答(もんどう)」をするといったシーンがあります。

茶事が一通り済んだ頃、客は畳に手をついて、こんな風に亭主に尋ねます。

「本日はお招きいただきありがとうございました。ところで、本日のお道具は?お床の掛け軸も大変みごとですね、云々」

部屋のしつらえや茶碗、道具にいたるまで、亭主は客をもてなすためにすべてにこころを尽くし、その日の茶会にふさわしいメッセージを込めるもの。

その答え合わせをするように、客が亭主に尋ねるのが「問答」です。

磨かれた感性と教養あってこそ成立する茶道の問答は、それはもう、惚れ惚れするほど凛としていて、美しいものです。

立派な茶人同士の問答は、聞いているだけで、なぜだか涙が浮かぶほど。

そこで決して無視できないのが、日本古来の暦(こよみ)なのです。
例えば、客の質問に対する亭主の答えとして、

「もうすぐ桃の節句ですので、床の間の掛け軸には、お雛様が描かれたものを使用させていただきました。お菓子は桃の花をイメージした、淡いピンク色の練りきりでございます。」

こんなやりとりがあるかもしれません。

季節に合わせたとりあわせの道具を用意し、それぞれにストーリーをつけていく。美味しいお茶を飲んでもらう他に、こんなところにも、茶道の美学はあると思うのです。

などと偉そうなことを言ってしまったけれど、私はまだまだ修行が足りない身。いつか自分も客のこころにじんわりあたたかさが残るような茶席をつくりたいです。

そう思って、今回「日本の暦」がテーマになったのをいいことに、この国の文化と切っても切れない二十四節気と七十二候について、あらためて調べてみました。

いきものの息づかいに満ちた暦

茶道の文化が日本で発展してきた時代は、現在のように12か月で1年を考える太陽暦ではなく、太陰太陽暦(旧暦)が使われてきました。

そのなかで、より正確に、一年の気候のめぐりを把握しようと人々が編み出したのが、「二十四節気(にじゅしせっき)」と「七十二候(しちじゅうにこう)」です。

旧暦では月の満ち欠けで日をかぞえますが、一年を15日おきに、季節の移り変わりごとに24等分したもの二十四節気。立春、春分、秋分、冬至などは、今でもよく耳にするのではないでしょうか。

また七十二候は、二十四節気をさらに初候、次候、末候の3つに分けた72の区切りのこと。よりこまやかな季節の移り変わりをことばで表します。

例えば、「玄鳥至る(つばめいたる)」とは4月初旬のことだし、「霜始めて降る(しもはじめてふる)」とは10月中〜下旬のこと。

このように、二十四節気七十二候は、季節のうつろいを愛して生きてきた日本人のこころを写す、生きものの息づかいに満ちた暦なのです。

とはいえ、一年分の旧暦についてひとつひとつを紹介するとなると、膨大な情報量になってしまいます。

今回はこの記事が公開する2月後半ごろを例に挙げ、日本の暦のおもしろさをちょっと詳しくご紹介しますね。

ゆきどけの頃、雨水(うすい)

まだ寒いころから紅梅がほころび、その後を追うように白梅の花が咲くと、澄んだ空気の中にほのかな甘い香りが漂います。
うぐいすの鳴き声がどこかでふと聞こえるようになったら、もうすぐ「雨水(うすい)」の時期です。

雨水は二十四節気のひとつで、降る雪が雨へと変わり、氷がとけだす頃(2月19〜3月4日頃)のこと。
古くから、野を耕す準備をはじめる時期とされてきました。

これをさらに七十二候に分けると、こう。

初候:土脈潤い起こる(どみゃくうるおいおこる)2月19日〜23日頃
あたたかな雨が地に降りそそぎ、大地が潤ってめざめる頃。

次候:霞始めて靆く(かすみはじめてたなびく)2月24日〜28日頃
春の霞があたりに薄く漂い、山や野の情景に趣が加わる頃。

末候:草木萌え動く(そうもくもえうごく)3月1日〜4日頃
和らいでいく陽の光の下で、草木が芽吹きはじめる頃。

とはいえ、これほどまでに暦が細かく決まっていたなんて、現代に生きる私からすればあまりピンとこない、というのが本音です。

でも。

◯月✕日で終わらないゆるぎなさ

去年と今年とで気候がまったく違う現代。
地球温暖化だなんて言っていたのに、今年の冬はこんなに寒いじゃないか。勘弁してよと思ったのは私だけじゃないはずです。

かと思えば急に春のような陽気になって、季節外れに桜が開花することだって珍しくないですよね。ほんと、いやになっちゃう。

だからこそ日本の暦を紐解くことで、日本人がこれまでくらしの基準としてきた、本来の季節の移り変わりをこころのよりどころにしてみてもいいかもしれません。

旧暦で「土脈潤い起こる」と言っていた時期が今なら、例え今がめちゃくちゃ寒くて雪なんか降っていても、本来はそうじゃないことが分かるし、

霜始めて降る」と言っていた時期が今なら、こんなにカンカン照りなのはホントは違うんだと確信できる。

現代の暦では基本「今日は◯月日です」くらいしかわからないけれど、二十四節気と七十二候では、その時期がどんな様子なのかがこまかく言語化されているのがすごいです。

カレンダーとかスケジュールという言葉では表現しきれないような文学的要素と、「この頃はこう!」というゆるぎなさが、日本の暦の魅力なんだと思います。

こんなこと書いていたら、「茶道は文学です」と先生が前におっしゃっていた記憶が蘇ってきました。

茶道を語る上で外せない「侘び寂び」や「趣」はたしかに文学的だし、かっこいい問答をするには、ますます暦の知識が必要な気がしてきた。

ABOUTこの記事をかいた人

ライター・編集者。1991年うまれ。出版系の制作会社に入社後、2015年からフリーランスに。雑誌やweb媒体を中心に記事の執筆・編集を行っている。日本のものが好きすぎて、顔がこけしに似ていることをオイシイと思っているふしがある。