26歳、はじめてのひとり居酒屋

取材で九州に来ているわたしは、旅館のサウナでひとり、記事のネタを考えていた。
毎月でるChikenのお題記事、今回は「初めての◯◯」なんだって。

そんなん、コロスケの可愛い声で歌われる「はじめて~のチュウ~うふふ」ってやつと、誰にも内緒でお出かけする人気テレビ番組『はじめてのおつかい』くらいしか思いつかない。

過去のエピソードを語る方法もあるだろうけど、私にはそんなセンセーショナルな初体験など記憶の限りないし。こまったぞ。

ということで、やってみたかったけど勇気ときっかけがなくて逃げてきたアレを、せっかくだから敢行することにした。

こういう時、なんでもこじつけてネタにできるライター業ってつくづく役得だなと思う。

そうと決まれば、あとはやるのみ。福岡から東京へと深夜の飛行機で帰ります。

アレとはもちろん、居酒屋ひとり酒のことである

家で缶ビールじゃなくて、赤ちょうちんが渋い居酒屋とか、気取らないBARとかで。

お酒は好きだけど、外で飲む楽しさは誰かと一緒にいてこそだと思っているから、今まで憧れはあってもなかなか一歩を踏み出せなかったの。

でも私の周りのイケてる女性の先輩はなんてことなく一人で飲み歩いていて、やってみたかったのも事実。

遅くまで原稿と格闘して、なんなら居酒屋で校正してる人もいるって聞く。

そこで、まさにそんな憧れの一人飲みをよくしてる先輩に、オススメのお店を教えてもらった。

さて、ということでやってまいりました。深夜0時の目黒です。
久々にもどってきた日常の場所ってなんだかいいね。

と こ ろ が

さっそく、挫折しかける。

お目当ての大衆居酒屋はまさかの臨時閉店。

もうここで飲むことしか考えてなかった。なんなら記事のシナリオはここで飲む前提でほぼ出来てたのに

深夜の権之助坂を行ったり来たりして、露頭に迷う26歳。おまけにスーツケースをゴロゴロひっぱっている。

目黒の街が「お前にはまだ早い」と言っているようでちょっと不安になり、化粧ポーチに入ってる真紅の口紅を塗り直す。

そうやって、オトナになるおまじないをかけてみたり。

諦めずに他の大衆居酒屋に行くか、はたまたやけくそになって気取ったBARに行ってやろうか…
そう思案してたところに、ぽんと現れた素敵なお店が。
新たな選択肢として、日本酒バルが浮上してきた。

今日はここでいっか。

なにかに導かれるようにして、私は扉を開ける。

今回のメインテーマは一人居酒屋の「初体験」なので、お店の紹介や食レポはしません

この気持ち、何かと似てる

通されたカウンターに精一杯の「いつもこんな感じで飲んでます」的な空気を出して座り、

「なににしますか?」
「日本酒のおすすめを」
「スッキリした感じ?それとも癖のある感じ?」
「んー、ひとまずスッキリで」

こなれた客を装ってるくせに、心の中ではちょっとそわそわしている。

深夜1時を回った店内には他に男女1組のお客さんだけ。店員さんとの会話に花を咲かせてるようす。

自分の存在なんか誰も気にしてないだろうに、店内にいる他の人達の目が気になるこの感じ、なんだか初めてじゃないぞ。いつと似てるんだろう?

ぼんやり考えながら店員さんに選んでもらった冷の日本酒をすすっていて(すっきりしてて美味しい)、ふと思い至った。

「初めてカフェでノマド作業したときとおんなじかも」

スタバにパソコンを持っていって、恐るおそる起動したあの時と、ほぼ一緒の心理なのである。

「一人なら家でやればいいのに」
「はいはい、かっこいいね」

そんな声なき声が聞こえてくる(気がする)この心理状態は、まさにあの時の記憶そのものだ。

「かっこつけてるんじゃないもん、こっちの方がいいからわざわざここに来てるんだもん」

と、言い訳チックに自分に言い聞かせてるこの感じも。

ひとり居酒屋からの学び①
最初の頃の不安な心理状態はノマドワーク初心者とたいして変わらない。

梅水晶はいつでもおいしい

とはいえ、気がつけば今回の出張を振り返ったり、手帳を開いて直近の予定を確認したり、誰かにくだらない連絡を送ったり、長文のツイートをしたりしているうちに、周りの目なんかどうでも良くなってきた。

なんだ、いつもどおりだな。

多分、ちょっと酔ってることもあるだろうけど、それこそふだん外でパソコンいじってるときとなんら変わらない気持ち。

リップスライムのILMARIに似てる金髪イケメンの店員さんが「もう一杯くらいいきます?」と声をかけてくれる。

「ちょっと変わった味の日本酒を飲みたいです」
「うーん、すっぱいのと、コクの有る感じどっちがいいですか?」
「コクのあるかんじで」

ついでに、梅水晶を一人分つくってもらったりなんかして。
誰かと飲んでるときと、選ぶ肴のチョイスもたいして変わんないな。

「面白いお酒なので、冷とお燗の両方でちょっとずつ出しますね」

ILMARIが粋な提案をしてくれて、温度によって日本酒の味がこんなにも違うことに「ほほう」となる。

誰かと飲みに来るときよりじっくりお酒を感じられるのが、ひとり居酒屋の醍醐味なのかも。
見て分かるように、このあたりでそろそろ写真の構図とかどうでもよくなってきている具合にはいい気持ち。

ひとりでしっぽり、たのしいな。
あと、梅水晶はいつでもおいしい。

ひとり居酒屋からの学び②
大衆酒場でホッピーもいいけど、じっくり味わえるし、ひとり飲みこそいいお酒を飲むべきかも?

有名人ご来店

深夜2時を回るころには、続々とお客さんが入ってくる。

2、3軒目なのか、それとも遅くまで仕事をしたらこんな時間になっちゃったのか。
ひとりでカウンターに座るスーツ姿の男性もいる。

「深夜の東京の街は、海の底で深海生物が静かにうごめいているみたい」

って、前に誰かと話したことがあったっけ。まさにそんな雰囲気だなぁ。

目黒という場所柄か、テレビでよく見る人気お笑い芸人さんとかも来てる。
だけどみんな特に声はかけないかんじとか、当の芸人さんも全然隠さないかんじとか、東京っぽいなと思いつつ、そろそろ帰りどきかなと。

帰ったらこの原稿をちゃんとまとめないといけないし。
それにそうだ。あと一杯くらい飲んでへろへろになったとしても、ひとりでしっかり帰らなくちゃいけないじゃないか。

ひとり居酒屋からの学び③
どんなに酔っても、自分がしっかりしてないと帰れない。

初めてを楽しめるっていいかも

静まり返った大通りを歩いて帰りながら、いつのころからか「初めて」に怖がらなくなったことに気がついた。

初めてなことは大人になるにつれて少なくなっていくけれど、だからこそ、「初めて」に出会うのが楽しくてうれしい。

4月。初めての職場、初めての仕事、初めての恋人に、初めてのひとり居酒屋
なんでもいいから、それを恐れるんじゃなくて楽しんでいたほうが得だな。

そんなこと考えながら、アイスと黒烏龍茶を買って帰った。

ひとり居酒屋からの学び④
「初めて」は楽しんだもん勝ち

ABOUTこの記事をかいた人

ライター・編集者。1991年うまれ。出版系の制作会社に入社後、2015年からフリーランスに。雑誌やweb媒体を中心に記事の執筆・編集を行っている。日本のものが好きすぎて、顔がこけしに似ていることをオイシイと思っているふしがある。